壇上幻想


講演を頼まれた事ありますか? はい ありますよ 若いころにやりました。

大体小学校6年生の時担任の先生が何処かへお出かけで他のクラスの先生が来られ国語
の授業をやりました。その先生が私に此処を読めとおしゃられ読みました。
読み終わったら先生が何をそう感心したか 「鍋島君はとてもうまいよく感情が入っている
皆もこうやって読みなさい」と、2クラス合同授業の皆におしゃった。よそのクラスの先生に
よそのクラスの生徒もいるところで誉められたのだからなんとも言えない気分であった。

また何かの件で壇上に上がって何かを述べた時にも、ある先生にその言葉が良いと
いうことでそのまま その先生に使われた。それは確か何とかの心、又何とかの心と
沢山の心を繰り返した脈絡でありました。

壇上には その他に学芸会がある。小学校では 各クラス毎に何か出し物を出す。
何度か劇をやりその都度(つど)主役に選ばれた。小2、3、6年とやった。但し小2の時に
発表日の前日に麻疹(はしか)にかかりおふくろが先生の所に行って泣いて謝ったということ
をしてくれた。又当日自分が出ないのに学芸会を見に行って他の人が代役をやっているのを
見て又泣いてきたとか。

天井に自分の役の台詞(せりふ)を白い映画の広告の裏に大きく書いて貼り付けて寝る時も
見ながら空暗記をした。これも不安との戦いであった。なんとか覚えてしまうものだ。
小3では占い師山羊ひげじいさんをやり 観衆を笑わした。
小6ではケント伯爵をやった。良く分からなかった役であった。





中学に入ってからは 近所の慕っている先輩が部長をしているということで弁論部に所属した。
1年生で その年の弁論大会で努力賞をもらった。確かある高校で行われた群の中学校大会で
あったか。先輩が私が喋る前に声が良く出るようにと生卵を飲みなさいと卵を1個もらって
飲んだ。

中3で生徒会長 よく壇上にあがった。高校3年でも生徒会長 此れも時々壇上に上がった。
恥ずかしさと緊張とそれを見せないとする仮面性とが混在する1種の平然性。壇上での公共性
又ある時はちょうつがい(蝶番)性 スイチボード 議長性 副議長との連携(意見を聞き損ねた
とき等)数々役目は多い。

論文発表 これも弁論大会と同質か 法政の時の "破産特殊会計"で佳作を得た。佳作と言えど
それがTOPであった。 だから一番と言うことだろう。 

社会に出てからは会社での技術教育の先生又顧客への技術教育講習会の講師、これは仕事
だから学生時代の誉れはゼロ。

一度だけ特殊な経験をした。それは九州管区の警察での講演を頼まれて大講堂に招かれた
ときである。若干28か29歳。招かれて講堂に入るや否や何処からともなくすかさず 「起立!」
と号令が係りおよそ何百人の警察官がスパーと立った。 敬礼、着席。
私はただただお辞儀をするのみであった。題目はアメリカの警察における電子計算機の現状で
あった。 又講演が終わりかかるや否や号令がかかり起立、敬礼、拍手であったか。

鍋島卓 作
1月17日2004年
1月21日2004年 改定