政次郎おじいさんの思い出


政次郎おじいさんが東金に来た。何日か泊まっていた。そして亡くなった。
僕にとっては不思議な出来事であった。

滞在中僕が学校に行って先生の話に聞き入ってる時ふと気が付くと娘ならぬ妹の
好枝を政次郎おじいさんが父の作った木の乳母車に乗せて僕の小学校へ来て
教室の外の窓から僕を見ていた。

政次郎おじいさんと言う人は私の祖父であるが血のつながりはない。それはよく
父が言っていたことだが母が政次郎おじいさんのところへ養女に行ってそこへ父が
養子縁組をしたとゆうことです。義理のおじいさんといえるのか。

その政次郎おじいさんが義理の孫娘好枝をつれてもう1人の義理の孫の私の所へ
来たのだった。学校が終わるまで外で待っていて終わると共々と特にしゃべることも
なく一緒に家まで帰えったんです。

政次郎おじいさんは東京の平井に住んでいて僕が学校に上がる前に父のやっていた
平井の風呂屋天徳湯から遊びに行った事がある。歩いても近くの所です。
丁度有名な台風があったころ荒川の堤防がてっかいして水が軒まで来たころのことです。

- 昭和22年9月14日 キャサリーン台風上陸 -
  - 関東地方が大水害で死者2,247人 -


どうしたことか子供には分かりませんが政次郎おじいさんとおばあさんとが喧嘩を
始めて家のなかをぐるぐると政次郎おじいさんが逃げ回っていたのを思い出します。
おばあさんの方が強かったんです。きかないおばあさんだったということです。
年をとると男の力も弱まり女の口には負けるし力も同じか負ける。
相手が諦めるまで逃げ回る。

天徳湯は味噌屋を改造したということで大きな味噌の樽がいくつも置けるような空間を
浴場と脱衣場にして裏はアパートと風呂屋の住まいをかねていて湯沸しは今では考え
られない電気で沸かしていた。親父がここには触るなといって手動でスイッチを入れる
レバーを指して言った。誤って電気に触れ死んだ人がいたと。終戦直後は電気が
余っていたみたいだ。

石川県奥能登の疎開先から焼け野原の東京への再出発はここからであった。
多分手配士兼養父の政次郎爺さんが石川にいた父に東京に戻る段取りをしたのであろう。
疎開前はまさに東京大空襲で北砂町でやっていた竹の湯が全焼した為であった。
そこは私が生まれたところでもあった。

政次郎爺さんは又戦争中に私がジフテリアに罹ったとき何処からか特効薬の馬の血清を
持ってきて医者に渡し私の大腿に注射してもらい私を救ってくれたと聞いた。
又竹の湯の焚き物入れ兼防空壕が家族の命を救った場所であった。
鉄の扉を内から閉め釜の栓を弛め外気の熱から中を守る為内に水を張った。
翌朝外に出た。あたりは何もかも焼けはててただただ人の死体の山と大きい馬の死体が
よこたわっていた。

我々家族は石川へ向かった。政次郎爺さんは俺はここに残るといった。疎開先では色んな
ことがあったがそれについては別途語ることにする。

平井の天徳湯から我々が東金に引越す事になりその挨拶で平井に住んでいた
政次郎おじいさんに会いに行った事と思う。その年の春に私は平井小学校に1年生として
入学した。入学式の何日前から母は針仕事を私の洋服を作っていた。それに腕をとうして
学校へ行った。担任は天野先生という優しい女の先生でした。入学式の翌日一人で学校へ
行ったが自分の教室と反対側の6年生のへやに行った。大きな6年生たちは私を天野先生
のもとまでつれて行ってくれた。丁度コの字の校舎の反対側の教室へ行ったわけでした。

どうも私の方向音痴はここに始まっていたようです。それは人生のそれでもあったようで
す。私にはフエイルセイフ(FAIL SAFE)の世界が必要なのかもしれない。

春の遠足で船橋の中山競馬場へ電車に乗って行った日の事です。電車の中からドアの扉に
手を挟まれたことがあった。周りの先生や大人の人達がドアをこじ開けて助けてくれた。
競馬場は緑がいっぱいでとても広かった。何をする所か全くわからなかった。
母のつくった握り飯を食べていたところへ急に先生が皆集まってください写真を撮ります
と私の周りに集まってきてシャッターを切った。手に握り飯を握っていたがそれは写って
いなかった。ほっとした。
一学期が終わりその夏に東金に引越しすることになった。姉は嫁に行き妹は生まれていた。
天徳湯は我々の人生の色んな面での戦後の出発点であった。

東金に来て1年ちょっと過ぎてからか政次郎おじいさんひょっこりと来た。
そして亡くなった。東金で亡くなった。

暫くしてから父が小さな犬を拾ってきた。僕は喜んだ。父がなんと言う名前にしようか
といった。僕はまさ次郎といった。父は少し考えてから答えてそれではジローとしよう。
ジローはおとなしくてジロージローと呼ぶと短い尾っぽをふりふり寄ってきた。

政次郎おじいさんやジローの写真は何処へしまったかなー。


鍋島卓 作